シリーズ・日本ワインが生まれるところ。北海道『多田ワイナリー』にインタビュー!

日本ワインは人とブドウのストーリーから生まれます。ますます日本ワインが好きになる、そんな素敵なワイナリーを、wa-syuが独自取材で紹介。Vol.8は、北海道空知郡上富良野町の『多田ワイナリー』。

120年の歴史を誇る農園が、北海道・富良野の地でワインを造り始めるまで。

北海道のちょうど中心部に位置する富良野盆地。大自然の恵みを受け、ひときわ寒暖差の大きい土地です。ここで120年以上も大地を耕してきた、歴史ある農園が『多田農園』です。「1901年(明治34年)に、祖父母が兵庫県から北海道に移り住んでいます。この地への入植が始まって4年ほど経ったあとの入植なので、まだ本当に何もない、初期の開発に携わったようです。時代と共にいろいろな作物を手がけてきたのですが、今はジュース用に無農薬のニンジンを作ったり、宿泊施設もあるのでそこで出す野菜を作ったりで、30種類ほどの作物を育てています」と語る3代目・多田繁夫(ただしげお)さん。この3代目が2007年から手がけ始めたのが、ピノ・ノワールの栽培です。「遡(さかのぼ)ると今から40年以上前の若いころ、ちょっと興味を持って"ブドウを栽培してワインを造る"という農業について調べたことがあったんです。その頃は道内には『富良野ワイン』『十勝ワイン』『北海道ワイン』くらいしかなく、今と違って情報も手に入りにくい時代で、夢で終わってしまいました。その後、2006年にアメリカのナパ・バレーを訪れる機会があり、さらに2007年に偶然の出会いがあって、ピノ・ノワール700本の栽培をスタートしたのです(多田さん)」。

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道に迷ったことが、ワイナリー設立につながった? 偶然の出会いから、ピノ・ノワールの栽培をスタート。

「苫小牧に入院している知人を見舞った帰りに、たまたま"行きとは違ったルートで戻ってみよう"と車を走らせていた途中のこと。そういえば行ってみたかったワイナリーがこの近くにあるなと、一軒のワイナリーを訪ねてみました。そこは実は、もともと行こうと思っていたワイナリーではなく、全く別のところだったのですが(笑)。ちょうどそこの社長さんが帰ってきて、いろいろ話をしている中で、"ピノ・ノワールを植えてみませんか?"という話を頂いたのです。一週間ほど考えて、やはり断ろうと思っていたそのときに、またもや偶然知人が訪ねてきて。"それはぜひやったほうがいいですよ"と背中を押してくれたのです。偶然の出会いやタイミングが重なっていなかったら、ブドウの栽培を始めることも、ワインを造ることもなかったはず。それが2007年の出来事です。何も知らずに始めたので、あとからいろいろな人に"いちばん難易度の高いピノ・ノワールの栽培から始めるなんて!"と驚かれました(多田さん)」。その結果、多田ワイナリーといえば"酸のきれいなピノ・ノワール"というイメージが定着。著名なワイン評論家も絶賛する銘柄が生まれるようになったのです。

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醸造家、ブルース・ガットラヴ氏のもとで委託醸造を開始。ワイナリー設立後、自社原料100%での醸造も可能に!

700本のピノ・ノワールの栽培から始めて、委託醸造でのワイン造りを開始した多田さん。「はじめは、岩見沢市の『宝水(ほうすい)ワイナリー』で、次に『10R(トアール)ワイナリー』のブルース・ガットラヴさんに委託してワインを造ってもらうことからスタートしました。その後2016年には酒造免許を取得し『多田ワイナリー』を設立。50年ほど前に建てた倉庫をそのまま活用していて、当時は日本でいちばん北にあるワイナリーでした。栽培のほうは、ピノ・ノワールとシャルドネが多く、メルロー、バッカスとブドウ品種を増やしています。また、北海道では難しいとされているカベルネ・ソーヴィニヨンや、試験的にシラーも栽培しています。個人的にはミュラー・トゥルガウが好きで栽培を始めて、収穫もできるようになってきたので、今年から採り始めます。畑は何層かに分かれて石があり、砂も多くて火山灰でできている土壌です。栽培には化学肥料は一切使用せず、有機質肥料や微生物資材などを少量使用しているほか、除草剤も一切使用せず、すべて手作業で除草や草刈りをしています。また農薬の使用も最低限に抑えるなど工夫を重ねています。本来、ワイン造りは農業であって、8割は畑での仕事だと考えています。通年で障がいをもっている人たちの力も借りながら、やっと自社原料100%で生産できるようになりました(多田さん)」。

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冬にはマイナス30℃を超えることもあり、凍害で全滅した畑も。寒さを防ぐ工夫と努力の中から生み出されたワインは、きれいな酸が特徴。

「私たちの農園、上富良野町の隣町は、美瑛町という有名な観光地。景色が美しくて、日本ではないみたいだともいわれる土地です。山に囲まれている扇状地で、東京の山手線がすっぽり入るくらいの盆地なのですが、数十年もここで生活していても"ああ、やっぱり美しいなあ"と感じるようなところです。特に雪をいただいた純白の山々は、まるで白鳥のように美しいです。ただ、"北海道のへそ" とも言われるように、ちょうど北海道の真ん中に近いんです。ですからものすごく寒いんです。だいたい今年はマイナス25℃が何日かありましたし、3〜4年に一回はマイナス30℃越えになります。人間の生活は、その寒さに対応しながらやっていくので大丈夫なのですが、ブドウの木を植えて、越冬させるということに関しては非常にリスクが高く、難しい対応を迫られます。ここで普通にブドウを作っていると、おそらく凍害にあって、5〜6年で全部なくなってしまうはず。そこで栽培一年目から工夫して、雪を集める"雪かき"の大きめのものを使って、30〜40cmくらいの厚みでブドウの木に雪をかけていくようにしました。大体20cm以上の厚みで雪をかけると、雪の中の温度はマイナス3℃〜マイナス5℃くらいに保たれます。春になると溶けてなくなりますし、労力以外に資材のいらない保温設備です(笑)。ただし、今は一万本ほどのブドウがあるので、労力の面では大変。ウチくらいの規模で、他にやっているところはあまりないのではないかと思います。かつてはメルローを凍害で全滅させてしまったこともあります。ブドウは3年で収穫できるのですが、最初の2年間は順調に来て、来年は収穫できるだろうと期待していた3年目の12月上旬に、早くもマイナス23℃の寒さが来てしまって…。ピノ・ノワールとシャルドネの木は成長していたのでなんとか耐えられたのですが、メルローはまだ小さかったのでダメになってしまいました。ただ、すでに20㎝ほど積もっていた雪の下だけは無事だったので、そこからなんとか芽が出てきて、数年後には収穫できるまでに復活してくれました。ワインの専門家の方にも"ピノ・ノワール、シャルドネ、メルローなどを、この北限の地でこれだけ長く栽培し続けているのは奇跡だ"と言われたことがあります(多田さん)」。本州のブドウ造りでは想像できないような苦難の連続。その中での丁寧な栽培が、他では得られないきれいな酸と、清冽な味わいのワインを生み出しているのです。

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すべて野生酵母によるナチュラルな造りを選択。厳しい選果も実践。

ブルース・ガットラヴ氏の『10Rワイナリー』での委託醸造を通して、野生酵母による醸造を学んだという多田さん。「最初は野生酵母なんて、こんなリスクのあることはできないな、と思ったんです。けれども消費者の動向を見ていると、野生酵母を使用したナチュラル系ワインへの関心が非常に高いことが判って。今は全ての銘柄を野生酵母で造っています。ブルースさんは師匠として未だにいろいろ教えてもらっていますし、いろんなワイナリーさんにも助けていただいて、ここまで来たという感じです。亜硫酸塩を使わないワインの場合、雑菌を持ち込まないというのは大原則。畑ではピンセットを使って腐敗果を取り除きますし、収穫後にタンクに入れる前も、ブドウはかなり丁寧に選別しています(多田さん)」。また、シードルの美味しさにも定評がある多田ワイナリー。「新しいワイナリーがスタートするときは、ワインの原料であるブドウの調達が間に合わないのもよくあること。法律上必要な製造量を確保するために、シードルを造ることも多いようです。うちも最初のころは、余市産のリンゴを仕入れて造っていました。私が海外の農場で自家製のシードルを飲んで大変美味しいと感じたので、その味を目指して、紅玉という品種をメインにリンゴの木を100本植えたのが2016年ごろ。今年はけっこうたくさん収穫できるようになりそうです(多田さん)」。

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一日の疲れを取ってくれる、リラックスできるようなワインを求めて。

「ブルースさんに醸造をおねがいしていたときに、どういうワインにしたいですか? どういう人に飲んでもらいたいですか? と聞かれたんです。それで考えたのですが、食事の時に楽しめて、一日の疲れを取ってくれる、そんなワインにしたいな、と答えました。もともと偶然の流れで始めたワイン事業なので、肩の力を抜いてやっています。野生酵母を使ったナチュラルなワインは、まだまだ少数派だと思いますが、始めて飲んだ方には"すごく美味しい、感動した"と言っていただくことも。ぜひ、野生酵母で自然発酵させたワインを一人でも多くの方に飲んでいただいて、さらに健康志向のワインを知って欲しいな、と思います(多田さん)」。

多田ワイナリー
北海道空知郡上富良野町:(有)多田農園

北海道のほぼ真ん中の位置、寒暖の差の大きい富良野盆地で、野生酵母による自然な造りのワインを手がけているワイナリー。1901年(明治34年)から代々引き継がれ、現在はワイン用ブドウ、にんじん、とうもろこしをメインに栽培している「多田農園」が運営しています。代表取締役は多田繁夫(ただしげお)氏。2016年のワイナリー開設のきっかけとなった「ピノ・ノワール」を中心に、その大地で元気に育ったブドウを、ひと粒ひと粒手作業で収穫。野生酵母によるワイン造りは手間もかかりリスクも伴いますが、その土地そのものを感じることができる、大変特徴的なワインを生み出しています。 また、多田農園では、ワイン造りのほかに、自社畑で栽培したにんじん、梨、ブドウを使ったオリジナルジュースの製造・販売をはじめ、プチペンション田舎倶楽部の運営もおこなっており、作物づくりを中心に、加工や体験、宿泊などを通して「こころとからだにやさしい食と暮らしを提案する農園」を目指しています。

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ワイン造りの現場にwa-syuが特別インタビュー!
シリーズ・日本ワインが生まれるところ。

日本ワインは人とブドウのストーリーから生まれます。ますます日本ワインが好きになる、そんな素敵なワイナリーを、wa-syuが独自取材でご紹介!

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日本ワインで、日本をもっと深く知る。
エリア別ワイナリーガイド

日本の感性と職人技を生かした名品が次々と誕生し、国内外の食通を惹きつけながら、進化し続ける日本ワイン。南北に長い日本列島の各地で栽培・収穫されたブドウのみを使用し、日本国内で製造された「日本ワイン」は、その地域の気候や品種によって性質もさまざまで、そのため多様性に富んだ味わいが特徴です。北は北海道、南は九州・沖縄まで。日本全国より、wa-syuが厳選した50以上のワイナリーをエリア別ガイドでご紹介します。

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